2021年10月30日土曜日

地獄の門番

2021年7月5日 再入院

 一時退院〜再入院までの準備期間中に、放射線診療科で治療の事前説明があります(入院受け入れは総合腫瘍科)。
 診察室に現れた、婦長さん(?)のような貫禄と迫力がある女性看護師の方から、放射線治療と抗がん剤治療の概略と心構えについてのレクチャーを受けます。この方の、歯に衣着せぬ冷徹な物言いの迫力に圧倒され、刺激的な表現「今度の治療は覚悟しておきなさい(の主旨)」に、「いよいよ山場?」の緊張が走ります。
 治療の事前説明では、疑問や不明点についての説明に加え、治療への不安を取り除くため、患者がネガティブと感じる要素についても、納得を得る必要があります。ここは、一般の方にも辛い治療と認識される「抗がん剤治療」を説明する場面なので、患者側もある程度の覚悟を持って臨みますが、そのように重要で、繊細さが求められる場面において彼女は、ここは「地獄の入り口」であり、この先には「ネガティブな要素が満ちている」との主旨で、覚悟の甘さを戒め、治療の厳しさを強調します。無意に不安を取り除こうとはせず、正面から立ち向かう必要性を訴えるために、憎まれ役を一手に引き受けているように感じられます。
 治療が始まってから、彼女のアドバイスを何度も想起したのは、地獄の門番のような彼女に、「救済」を求めようとするためですが、「地獄で仏」に救済されることはありません。ですが、彼女の戒めの言葉が思い浮かんだ瞬間だけは、辛さから気をそらすことができたわけで、「救いの手」が届いていたと言えそうです。
 人は厳しい状況に置かれると、無意識にそこから逃れる術を求めますが、救いを求めるのはどんな時でも、「信頼できる相手」に限られるようです……

 右:新木場(貯木場)方面(病棟より)


NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』終了

 未曾有の被害をもたらした東日本大震災の被災地で、震災から受けた影響を内証的に描こうとしているが、それでは登場人物たちの内に秘められた暗さは、いつまでも解消されないのではないか。仲間同士で意識を共有し、理解し合うことで、再起への第一歩が踏み出せそうに見えるが、当事者たちが納得できればそれで解決なのかと、戸惑った方も多いのではないか。
 ベテラン勢(内野聖陽、鈴木京香、浅野忠信、夏木マリ)の見事な味も、主人公(若者)たちとの距離感が縮まらないまま収束してしまったように……

2021年10月26日火曜日

障害と福祉

2021年6月23日 一時退院

 一回目の入院は、咽頭部の腫瘍除去手術が主目的で、術後の合併症回避までをひと区切りとしており、薬物療法(抗がん剤)+放射線治療は次のステップとして切り離されています。
 基本的な生活や食事等に問題がなくなれば一時退院となり、発声機能を失った身体障害者として、社会(病院外)へ出ることになります。話すことができないために遭遇する困難を、探りながら踏み出しますが、受け入れる社会側には、障害のレベルに応じた支援を差し伸べる、社会福祉が用意されています。そのサポートを受けるには、身体の機能障害が認められた者に交付される身体障害者手帳が必要で、その申請手続きは新人にちょうどいい訓練になります(都営交通無料乗車券(PASMO)を利用中)。
 身近ではなかった時分の障害者手帳は、支援を受ける権利の証との認識だったが、対象者として決して戻れない深い線で分かたれると、そのボーダー(境界)の重さを思い知り、被差別を受け入れた者の「証」という、やっかんだ姿勢で受け入れようとする、引け目や、卑屈さを自覚したりします。自信を持てない精神を社会が受け入れるためには、「優劣」を分かつバリアを形骸化させるセーフティネットを提供し、各人が持つ多様性こそ必須の個性と受け止めようとする、社会福祉の考え方が必要ではないかと。
 社会での自己紹介として、筆談具の一番上に「私は話すことができません」と書きますが、それだけでは相手は筆談が必要と受け止め、紙に文章を書き始めてしまいます。逆の立場では自分も同じ行動をすると思うので、「あなたの声は聞こえます」とも書くように。
 どちらの立場においても「面倒」ではなく、コミュニケーションの必須行動と受け止めることから、バリアフリーは始まるのではないか……

 右:そなエリア多目的広場(2012年全国消防操法大会の様子)
第28回全国消防操法大会」令和3年10月29日(金)開催予定は、 新型コロナウイルス感染拡大防止のため中止。

2021年10月13日水曜日

制御できない体

2021年6月13日

 合併症の危機を脱しICUから一般病棟に移ると、今度は強烈なめまいで動けなくなる症状に襲われます。目の開閉に関わらず、まぶたに焼き付いた虹彩の影が残像のように見え続け、血圧は赤ちゃんレベルまで下がります。数日後には、X線撮影台の上で身動き取れなくなり、ストレッチャーで病室まで運んでもらうことに(ストレッチャーから眺める天井の絵は、TVドラマ『ベン・ケーシー』オープニング(リンク先Youtube)のよう←感心してる場合じゃない!)。その件は瞬く間に病棟中に知れ渡り、「要注意患者」のレッテルが貼られる事に。
 薬の効果が過剰に表れるため、投薬はすぐに中止されましたが、退院後も改善は見られず、現在も不安を抱えたままです。「首周辺には、重要な神経が集中しているから…」は、説明放棄に聞こえてきますし、効果的な対処法も示されないので、「動き出しをゆっくりと」等を心がけるしかないのか……

 胃に栄養を送るチューブが外され、形ある食べ物を口にできるようになり、味を楽しむ「食の喜び」を取り戻すと、気持ちが明るく前向きになることが実感できます。まだ柔らかいものだけですが、生きる原動力である「食欲」への希望が膨らめば、回復は早そうに思えてきます。
 とはいえ、喉頭(こうとう:のどぼとけ)を失った者には、「麺類を吸い上げられない」「息を吹きかけられない」「ゴクッと液体を飲み込めない」「息を止めて力めない」「鼻をかめない」「大きなモノを飲み込めない」等々の制約が立ちはだかります。まずは、喉頭のない状態や、再建した新しい食道に慣れる必要があります。慌てずゆっくり食べるつもりでも、イライラして噛まずに飲んでしまったりと、制御できない体との付き合い方には、結構ムズムズするものがあります……

 右:ゆりかもめ車両(2012年)。


2021年10月8日金曜日

ICUへの覚悟

2021年6月1日〜6日 ICUの5日間

 全身麻酔による外科手術後、合併症(手術が原因で発症する病気)の危険性から「高度な状態管理が必要な患者」とされ、24時間モニタリングが可能なICU(Intensive Care Unit:集中治療室)に収容されます。ICUは、「集中治療のために濃密な診療体制とモニタリング用機器、ならびに生命維持装置などの高度の診療機器を整備した診療単位」とされる、重篤な患者を収容する施設ですから、「術後はICUへ」の説明を受け、厳しい状況への覚悟を持つことに。正直ビビりましたが、きっぱりと言い渡されたおかげで、こちらもサバサバと受け入れることができました。
  麻酔から目覚め、まずはICUにいる自分の状況を理解・受け入れると、早期の危険回避を目指すために、全体力を早期回復に注ごうとします。ですが順調な経過により、厳しい状況の回避に見通しがつくと、安堵により緊張感が緩むため、診療機器が条件反射的にくり返す警告音や、連日黙々とくり返される検査に、ストレスを覚えるようになります(体力回復のためゆっくり寝たい)。集中治療のためには、高度な設備に加え、そこに挑む心構えや体力が重要で、かなり消耗した印象があります。
 患者が手術室からICUに運ばれる際には、手術に携わった医師や看護師が付き添い、しばらく容体の安定を見届けています。大きな手術だったり、引き継ぎ 等がある場合は、医師や看護師がゾロゾロとICUに流れ込み、休憩スペースで歓談する様子には、ICUとは思えない騒がしさ(反省会?)があったりします。また、この場で問題が発覚し、「縫合します」と処置が始まることもあったりと、手術室とICUの関係は濃密で、補完し合う役割を持つ施設なのかもしれません。
 身動きが取れない患者のために、各ベッドには小さなTVが常備されていて、オープンなベッド環境でサッカー日本代表戦を見ていると、関心を持つ看護師が「点が入ったら教えて」とサボりに来たりします。部外者には、緊張感で常に空気が張り詰めている、特別な場所のイメージがありますが、そこで活動するのは人間ですから、結構人間臭(らしさ)に満ちた場所かもしれません。


2021年10月1日金曜日

大きな手術

2021年6月1日 手術日

 「手術は10時間程度」と耳にし、内訳は様々な作業の積み重ねであるとしても、集中力を10時間持続できるのだろうか? と。周囲が「大きな手術」と表現するように、頸の腫瘍を切除し、腹部から小腸を移植する再建手術は、大がかりな手術とされます。当人は寝てるだけですが、先生方の体力を考えると、これ以上長時間の手術は困難ではないか、とも。

 手術前の手術台で耳にした最後の言葉は、麻酔科医の「この歯はグラグラ動くから気をつけて……」で、目覚めた最初の記憶は、ICU(集中治療室:Intensive Care Unit)に運ばれテレビ電話で妹と話したものです。手術前後の境界がくっきり残っている印象から、麻酔科医の仕事は狙い通りだったのではないかと(実際は8時間程度で終了したらしい)。

下咽頭がん手術
  進行した下咽頭がんで喉頭(こうとう:のどぼとけ)に近接している場合は、喉頭も含めて切除することがあります(発声機能を失う)。その場合、遊離皮弁(ゆうりひべん)として小腸の一部を採取して移植、呼吸のための気管の穴を首に作ります。
 腫瘍切除により損なわれる機能を、組織や臓器の移植により再建する手術で、移植する組織や臓器を「皮弁」、血管を一度切り離して移動後に血管吻合する方法を「遊離皮弁」という

 事前に説明を受けた「声を失うこと」「胸元に気管孔(穴)ができること」「へそ周辺に移植後の縫合跡が残ること」は、理解のとおりでしたが、その周辺がどんな様子なのか、どこが痛むのか、麻酔なのか、しびれなのか、失われた機能・残された機能は 等々、自分の体ながらよくわかりません。どうも変化を前向きに受け止められないらしく、探ろうともせずに、誘われるまま眠りの中へ……

 右:ゆりかもめ軌道と東京ビッグサイト(病院の廊下より)。