2021年12月12日日曜日

術後6カ月検査

2021.12.8 術後6カ月検査

 「真夏の暑さ」到来が近いことを覚悟しながらも、それを実感する前にベッドに縛り付けられ、季節感を喪失した半年前から、「真冬の寒さ対策」をして紅葉する木々と対面するまで、季節感と結びつくイベントは皆無だったように、暑さ知らずの年となりました。
 目と鼻の先(有明)で行われた五輪競技(テニススケートボード)が、TV画面内の情報でしかなかったように、社会活動と関わりを持てなかった者には、世の中の情勢も画面内の情報でしかなかった、との印象があります(感染症とのニアミスはあったようです)。
 ですが、ベッドから解放されると、行動範囲は限られるも、外部社会(社会や季節感)との接点を求めて動き出したくなります。紅葉する木々を求めて散策し、季節感を取り戻そうとする行動は、外界との関係性や距離感から、自分の意識や立ち位置を再確認し、アイデンティティを再構築しようとする、人間の習性ではないかと感じます。

 手術後6カ月の検査で、背骨に新たな腫瘍が見つかりました。前回放射線治療した部分のすぐ下に並ぶ3つの骨で、当時からあったが、認識できないサイズだったのかもしれません。
 この「一難去って…」(安堵させて落とす)のタイミングは、ドラマのシナリオのようですが、それは放射線・抗がん剤治療により腫瘍の活動が抑えられたためで、治療終了から時間経過につれ体力全般が回復したように、腫瘍も再び活発な活動をはじめ、認識可能な大きさとなるまでに必要な時間なのかもしれません。
 年内の応急的処置(放射線治療を10回実施)で腫瘍の活動を抑え、年明けから治療を始めるとの概要を耳にしただけで、見通しを何も持てない状況となりました(詳細スケジュールは年内に決めるつもりでは?)。現在書けることは何も無い状況ですし、気持ちの整理や、立て直す時間も必要なため、しばらく更新を休みます。

2021年12月5日日曜日

抗がん剤の効果

2021.12.1 食道治療は再度先送り

 当初の検査により治療部位は、咽頭部(下咽頭、中咽頭)、リンパ節、食道とされ、最後の食道治療に向けた内視鏡検査(上部消化管内科)では、緊急度の低い軽度の腫瘍と判定されます。特段に緊急性を求められないことから、体調の回復具合を見ながら実施しようと、2カ月程度先送りにされました(10月から12月に先送り。当初は最短で9月中の終了も選択可でした)。
 こちらには、すぐの治療でも覚悟はできていますが、不安を取り除く配慮か、先生から「Go !」への気勢が伝わってきません。先送りされた頃になると、間近に手術から6カ月の定期検査(頭頸科 CT検査)予定があるため、その結果を見て判断しようと、再度先送りになります。総合腫瘍科の先生も「年が明けちゃうね」と、苦笑いする時期ですが、関わる担当科が定期検査を尊重することは、チーム医療の正しい姿勢と思われます。再度の先送りが可能となったは、抗がん剤治療を担当した総合腫瘍科先生の「抗がん剤が効いたのかもしれない」(治療で耳にした、もっとも明るい響きを持つ言葉!)の言葉通りとしたら、なんと見事なチームワーク! であると。それを信じているので、何度先送りにされても待っています。

 内視鏡検査で使用した鎮静剤は、麻酔のような鋭い効きめで、内視鏡を口に入れる記憶の次に、口から抜いて「お疲れ様でした」の場面がつながる様子には、「何かあったの?」と驚かされました。全身麻酔と違い、目覚め後の意識はハッキリしていて、眠っていたとは思えないことから、意識・記憶のコントロールも可能では? との怖さも感じます。

 右:東京ビッグサイト

2021年11月27日土曜日

療養と支え

2021年9月13日 退院

 今回の治療(放射線照射・抗がん剤点滴)は、がん細胞と共に正常細胞も痛めつけるため、治療終了(治療しないこと)すなわち療養の始まりになります。療養では、光が差す方向へ進むにつれ、心身は明るさを取り戻すもの、と思っていたので、改善の兆しが一向に見られず、暗雲が漂う状況、では、戸惑ってしまいます。症状の重さや、回復時間 等の程度差ではなく、特定の機能(飲み込み)や症状に限られることに気づくと、次第に明るい見方ができなくなります。
 抗がん剤に期待される、がん細胞の増殖を抑える効果は、正常な細胞にも影響を及ぼすことがあり、その影響で変質した細胞には、療養後も以前の状態に戻らないものがあるとのこと。仮に治療の影響をゼロに戻せても、機能を取り戻すことが叶わなければ、「回復は見られない」と評価されます。その時分に想起したのが、以前「地獄の門番」に例えた、放射線科看護師さんの「本治療前にあった回復の手応えをすべて失うこともある」の言葉で、「このことか……」と抵抗することもなく、眼前の状況(回復不能の可能性)を受け入れ、共に歩むことに。
 日常生活というのは、身体の各部分に備わった、様々な機能の連携に支えられるため、一部でも欠けると生活に支障が生じることを、改めて認識させられました。

 そんな時分の外見から、心身の状態を察してくれた看護師さんが、退院時にかけてくれた「あの状態から、よくぞここまで! 回復しましたねぇ〜」の言葉を、見るに忍びない姿との比較による、最大級の褒め言葉と受け止めました。そのような方々の支えのおかげで、なんとか退院までたどり着くことができたと、感謝しております。
 武器を用いた最初の「がんとの闘い」(手術・治療)は、本年いっぱいで終わりそうですが、来年以降も引き続き、原動力となる精神的な体力を鍛え、支えてくれる周囲のサポートへの感謝を忘れずに、療養とリハビリに取り組むことに……

 右:病院外観

2021年11月20日土曜日

いっぱい、いっぱい……

2021年8月23日 いっぱい、いっぱい……

 最後の抗がん剤点滴の朝、先生がベッドを訪れ、血液検査(腎機能)の結果「抗がん剤投与は可」を伝えてくれますが、こちらは「もう、いっぱい、いっぱいです……」と、ギブアップの言葉を絞り出すのがやっとでした。
 この入院では、何度も想像を超える状況・場面に遭遇し、それを乗り越えてきた、と振り返ることができますが、この時は「現状に耐えられない」上に、「目の前の山を乗り越える姿を想像できない」と感じていました。この時のわたしが求めていたのは、(首が締め付けられる)呼吸の息苦しさからの解放であるため、この辛さが1週間以上延長され、息苦しさが強まる恐れのある「抗がん剤投与」の選択は、できるものではありませんでした。当時は「就寝中に息苦しさが強くなったら…」というイメージにビビるため、睡眠導入剤を飲んでも眠れませんでした。
 化学放射線療法では、放射線照射 週5回(月〜金曜)計35回と、抗がん剤点滴 週1回(火曜)計7回を並行して行いますが、最後の抗がん剤点滴日(火曜)の体調が思わしくなく、第7クール最終日(翌月曜)に再チャレンジとなりますが、その日も体調が回復しないため、7回目の点滴は未完の状態で本治療は打ち切りとなります(冒頭の場面)。
 説明できない副作用(吐き気)の出現までは目立った変調もなく、先生も「これほど順調な人はまれ」(検査結果を含め)と感心するように、体調も良好そうに見えましたが、しばらくして振り返ってみると、見た目にわからないだけで、ギリギリの体調を気持ちが支えていたのではないか、と思えてきます。「治療完了できず」の失意に加え、身体へのダメージもこれまで以上に大きかったようで、終了後1週間は、精神、肉体共にまるで立ち直る兆しが見られませんでした。当初は完遂できないことに弱さも感じたが、回復に時間がかかるようなダメージを受けるまで、治療に向き合った姿勢は評価すべきで、時間をかけていたわってあげるべきと。

 この時の判断は、その後の経過・治療の命運を握っているため、何度も振り返ると思いますが、現時点では評価を変えることなく受け入れることができます。振り返っただけなのに、気分が悪くなるような、辛さ、重さを持ち合わせた決断を下すという、厳しい経験をしました。

 右:病棟の廊下

2021年11月14日日曜日

説明できない副作用

2021.08.01 とどめの副作用

 放射線治療+化学療法を5週間続けると、ベースとなる体調も治療の影響で変調してしまうため、健常時との単純な比較はできなくなります。この時分の副作用は、口の渇き、口内炎、便秘、吐き気、痛み止め効果の低下と多彩ですが、ここでの吐き気は、これまでに経験したことのないプロセスで出現します。
 忍び寄るような「これ吐き気?」「すぐにおさまるだろ」と認識するのは、停止させられたセンサーが危険信号を見逃したためで、同様に身体を守る「防衛システム」も無力化されます。そのため、防御力を備えた外部への誘導路を、抵抗の間もなく構築されてしまいます。静かに忍び寄る吐き気に、抵抗する術はありませんが、一度出してしまえば落ち着きを取り戻せます。ですが、数日後には別の副作用が発生したかのように、食欲が失われ、食べ物が喉を通らなくなるため、その後は点滴で栄養補給することになります。
 この吐き気と食欲不振が別々に出現するような副作用は、変調した身体に起こるらしい、としか説明できません。

 そんな状況でも口にできそうなものとして、アイス(甘味はわからないが、乳製品(バニラ)のコクはわかる)にチャレンジします。冷たい嗜好品ですが、口の中で溶かしてカロリーをかせげるので、栄養士も奥の手として推奨しています(カロリーの高い食品として評価)。以前同室の方が、食べ物は喉を通らないがアイスなら入ると、可能な間は続けていたように、この状況下では頼りになる救世主的な食品です。


カーテン越しに迫る感染症

 夏のコロナ感染が拡大した時分に入院した方が、感染を疑われたのはベッドの上でした。
 午前に入院し、ベッドで昼食中に医師から「感染症検査のため、病室を移動してもらいます」「食事してからで結構です」と告げられます(カーテン越しに声だけ聞こえる)。すると間髪を入れず数人の看護師がやってきて、「食事を持って移動してもらいます」「隔離が必要なためです」と、慌ただしく移動させられることに。それにしても、もう少し早く判断できなかったかと。
 もしその方が感染していて、こちらがカーテン越しに感染したとしても、「カーテンで感染は防げない」はすでに共通認識ですから、教訓にもなりません……
 病棟を感染から守るには、面会禁止、外部との往来遮断だけでなく、隔離体制が必要であることを、逃げる術を持たない入院患者の立場で実感させられました。

 右:有明ガーデンに隣接するマンション群。左側は東京臨海広域防災施設の電波塔。この左奥に、東京五輪スケートボード競技(リンク先Youtube)会場の有明アーバンスポーツパーク

2021年11月6日土曜日

見えない敵との戦い

2021年7月11日 化学放射線療法

 二回目の入院では、放射線治療(放射線照射 週5回(月〜金曜)計35回)と、化学療法(抗がん剤点滴 週1回(火曜)計7回)を並行して実施する、化学放射線療法を行います。
 手術で切除しきれなかった細胞や、目に見えない小さな細胞を死滅させるため、がん組織周辺(切除した喉頭周辺)への放射線照射と、広い範囲の再発・転移を防ぐ化学療法を組み合わせることで、高い治療効果を目指します。ですが高い効果が期待される反面、副作用も強いとされるあたりに、抗がん剤治療の厳しさが潜んでいます。

 放射線治療では、身体に照射位置を合わせるマークが描かれ、照射時には頭部を固定する、ミイラの棺(ひつぎ)のような固定具(金網メッシュのマスク)が被されます(15分程度)。密着するようオーダーメイドで作られたマスクを、装着時にパチッと締め付けられると、息が詰まりそうな恐怖感を覚えます。手にした緊急ボタンを押しても、外すまで時間かかりそうなので、パニックになる人もいるのではないか? 咳ができないのもプレッシャーですし、マスク装着時は「生きた心地がしない…」というのも、大げさな話ではないと……
 化学療法の肝となる抗がん剤(シスプラチン)点滴は約2時間で済みますが、そのためには様々なケアが必要で、週の中で連続した3日間(火曜:9時間、水曜:4時間、木曜:4時間)のセットを行います。火曜は、吐き気を和らげる薬、点滴ルートの洗浄、水分・電解質補充、吐き気を和らげる薬、利尿剤、抗がん剤、水分・電解質補充の7種類、計9時間。水・木曜は、それぞれ水分・電解質補充が4時間。また月曜に、血液検査(腎機能チェック)で抗がん剤投与の可否を調べます。

 治療開始当初は何の違和感も感じませんが、3週目あたりから体のダルさと変調を感じはじめます。木・金曜に出現するダルさは土・日曜に落ち着き、週ごとに切り替えられましたが、次第に蓄積しはじめ、ダメージが継続するようになります。ここで出現した変調には、味覚から「甘さ」が失われる、「抜け毛」が増える、痛み止めの効果が弱まる 等があります。味覚異常は甘さだけで、コーヒーのコクや、乳製品・出汁の味は変化ありません。抜け毛も一時的で、よく耳にする事態には至らずに済みますが(抗がん剤の種類が違うためか?)、痛み止めの効き目が薄れたと感じたのは、痛みのレベルが上がったためのようです。
 首の締めつけ感を軽減する効果が失われたため、より強い痛み止めである、医療用麻薬(モルヒネ)を使用することになります。その響きから、がん闘病で入院中にモルヒネを使用していた、大学同級生の記憶を想起することに(彼はその後亡くなった)。できれば触れたくない記憶ではあっても、はなから無理だったわけで、当然、重ね合せて考えることになります(彼の方がはるかに厳しい状況に思える)。
 医療用とは言え、できるだけ麻薬の世話にはなりたくないと考えますが、ダメージの蓄積で効果が薄れても、効き目の強さを調整できることを実感してからは、正しい付き合い方を目指すことに。ですが副作用とされる便秘では、手術後は息を止めて力めなくなったため、これまでに経験したことのない「長時間の戦い」を強いられることになります。これが苦しいこと……

 7週間という長い道のりのため、気持ちの張りを維持することが難しく、また、終盤に新たな課題が出現するため、ストレス等の負荷は増大する一方で、逃げ場もなく、精神的に追い詰められることに……


2021年10月30日土曜日

地獄の門番

2021年7月5日 再入院

 一時退院〜再入院までの準備期間中に、放射線診療科で治療の事前説明があります(入院受け入れは総合腫瘍科)。
 診察室に現れた、婦長さん(?)のような貫禄と迫力がある女性看護師の方から、放射線治療と抗がん剤治療の概略と心構えについてのレクチャーを受けます。この方の、歯に衣着せぬ冷徹な物言いの迫力に圧倒され、刺激的な表現「今度の治療は覚悟しておきなさい(の主旨)」に、「いよいよ山場?」の緊張が走ります。
 治療の事前説明では、疑問や不明点についての説明に加え、治療への不安を取り除くため、患者がネガティブと感じる要素についても、納得を得る必要があります。ここは、一般の方にも辛い治療と認識される「抗がん剤治療」を説明する場面なので、患者側もある程度の覚悟を持って臨みますが、そのように重要で、繊細さが求められる場面において彼女は、ここは「地獄の入り口」であり、この先には「ネガティブな要素が満ちている」との主旨で、覚悟の甘さを戒め、治療の厳しさを強調します。無意に不安を取り除こうとはせず、正面から立ち向かう必要性を訴えるために、憎まれ役を一手に引き受けているように感じられます。
 治療が始まってから、彼女のアドバイスを何度も想起したのは、地獄の門番のような彼女に、「救済」を求めようとするためですが、「地獄で仏」に救済されることはありません。ですが、彼女の戒めの言葉が思い浮かんだ瞬間だけは、辛さから気をそらすことができたわけで、「救いの手」が届いていたと言えそうです。
 人は厳しい状況に置かれると、無意識にそこから逃れる術を求めますが、救いを求めるのはどんな時でも、「信頼できる相手」に限られるようです……

 右:新木場(貯木場)方面(病棟より)


NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』終了

 未曾有の被害をもたらした東日本大震災の被災地で、震災から受けた影響を内証的に描こうとしているが、それでは登場人物たちの内に秘められた暗さは、いつまでも解消されないのではないか。仲間同士で意識を共有し、理解し合うことで、再起への第一歩が踏み出せそうに見えるが、当事者たちが納得できればそれで解決なのかと、戸惑った方も多いのではないか。
 ベテラン勢(内野聖陽、鈴木京香、浅野忠信、夏木マリ)の見事な味も、主人公(若者)たちとの距離感が縮まらないまま収束してしまったように……

2021年10月26日火曜日

障害と福祉

2021年6月23日 一時退院

 一回目の入院は、咽頭部の腫瘍除去手術が主目的で、術後の合併症回避までをひと区切りとしており、薬物療法(抗がん剤)+放射線治療は次のステップとして切り離されています。
 基本的な生活や食事等に問題がなくなれば一時退院となり、発声機能を失った身体障害者として、社会(病院外)へ出ることになります。話すことができないために遭遇する困難を、探りながら踏み出しますが、受け入れる社会側には、障害のレベルに応じた支援を差し伸べる、社会福祉が用意されています。そのサポートを受けるには、身体の機能障害が認められた者に交付される身体障害者手帳が必要で、その申請手続きは新人にちょうどいい訓練になります(都営交通無料乗車券(PASMO)を利用中)。
 身近ではなかった時分の障害者手帳は、支援を受ける権利の証との認識だったが、対象者として決して戻れない深い線で分かたれると、そのボーダー(境界)の重さを思い知り、被差別を受け入れた者の「証」という、やっかんだ姿勢で受け入れようとする、引け目や、卑屈さを自覚したりします。自信を持てない精神を社会が受け入れるためには、「優劣」を分かつバリアを形骸化させるセーフティネットを提供し、各人が持つ多様性こそ必須の個性と受け止めようとする、社会福祉の考え方が必要ではないかと。
 社会での自己紹介として、筆談具の一番上に「私は話すことができません」と書きますが、それだけでは相手は筆談が必要と受け止め、紙に文章を書き始めてしまいます。逆の立場では自分も同じ行動をすると思うので、「あなたの声は聞こえます」とも書くように。
 どちらの立場においても「面倒」ではなく、コミュニケーションの必須行動と受け止めることから、バリアフリーは始まるのではないか……

 右:そなエリア多目的広場(2012年全国消防操法大会の様子)
第28回全国消防操法大会」令和3年10月29日(金)開催予定は、 新型コロナウイルス感染拡大防止のため中止。

2021年10月13日水曜日

制御できない体

2021年6月13日

 合併症の危機を脱しICUから一般病棟に移ると、今度は強烈なめまいで動けなくなる症状に襲われます。目の開閉に関わらず、まぶたに焼き付いた虹彩の影が残像のように見え続け、血圧は赤ちゃんレベルまで下がります。数日後には、X線撮影台の上で身動き取れなくなり、ストレッチャーで病室まで運んでもらうことに(ストレッチャーから眺める天井の絵は、TVドラマ『ベン・ケーシー』オープニング(リンク先Youtube)のよう←感心してる場合じゃない!)。その件は瞬く間に病棟中に知れ渡り、「要注意患者」のレッテルが貼られる事に。
 薬の効果が過剰に表れるため、投薬はすぐに中止されましたが、退院後も改善は見られず、現在も不安を抱えたままです。「首周辺には、重要な神経が集中しているから…」は、説明放棄に聞こえてきますし、効果的な対処法も示されないので、「動き出しをゆっくりと」等を心がけるしかないのか……

 胃に栄養を送るチューブが外され、形ある食べ物を口にできるようになり、味を楽しむ「食の喜び」を取り戻すと、気持ちが明るく前向きになることが実感できます。まだ柔らかいものだけですが、生きる原動力である「食欲」への希望が膨らめば、回復は早そうに思えてきます。
 とはいえ、喉頭(こうとう:のどぼとけ)を失った者には、「麺類を吸い上げられない」「息を吹きかけられない」「ゴクッと液体を飲み込めない」「息を止めて力めない」「鼻をかめない」「大きなモノを飲み込めない」等々の制約が立ちはだかります。まずは、喉頭のない状態や、再建した新しい食道に慣れる必要があります。慌てずゆっくり食べるつもりでも、イライラして噛まずに飲んでしまったりと、制御できない体との付き合い方には、結構ムズムズするものがあります……

 右:ゆりかもめ車両(2012年)。


2021年10月8日金曜日

ICUへの覚悟

2021年6月1日〜6日 ICUの5日間

 全身麻酔による外科手術後、合併症(手術が原因で発症する病気)の危険性から「高度な状態管理が必要な患者」とされ、24時間モニタリングが可能なICU(Intensive Care Unit:集中治療室)に収容されます。ICUは、「集中治療のために濃密な診療体制とモニタリング用機器、ならびに生命維持装置などの高度の診療機器を整備した診療単位」とされる、重篤な患者を収容する施設ですから、「術後はICUへ」の説明を受け、厳しい状況への覚悟を持つことに。正直ビビりましたが、きっぱりと言い渡されたおかげで、こちらもサバサバと受け入れることができました。
  麻酔から目覚め、まずはICUにいる自分の状況を理解・受け入れると、早期の危険回避を目指すために、全体力を早期回復に注ごうとします。ですが順調な経過により、厳しい状況の回避に見通しがつくと、安堵により緊張感が緩むため、診療機器が条件反射的にくり返す警告音や、連日黙々とくり返される検査に、ストレスを覚えるようになります(体力回復のためゆっくり寝たい)。集中治療のためには、高度な設備に加え、そこに挑む心構えや体力が重要で、かなり消耗した印象があります。
 患者が手術室からICUに運ばれる際には、手術に携わった医師や看護師が付き添い、しばらく容体の安定を見届けています。大きな手術だったり、引き継ぎ 等がある場合は、医師や看護師がゾロゾロとICUに流れ込み、休憩スペースで歓談する様子には、ICUとは思えない騒がしさ(反省会?)があったりします。また、この場で問題が発覚し、「縫合します」と処置が始まることもあったりと、手術室とICUの関係は濃密で、補完し合う役割を持つ施設なのかもしれません。
 身動きが取れない患者のために、各ベッドには小さなTVが常備されていて、オープンなベッド環境でサッカー日本代表戦を見ていると、関心を持つ看護師が「点が入ったら教えて」とサボりに来たりします。部外者には、緊張感で常に空気が張り詰めている、特別な場所のイメージがありますが、そこで活動するのは人間ですから、結構人間臭(らしさ)に満ちた場所かもしれません。


2021年10月1日金曜日

大きな手術

2021年6月1日 手術日

 「手術は10時間程度」と耳にし、内訳は様々な作業の積み重ねであるとしても、集中力を10時間持続できるのだろうか? と。周囲が「大きな手術」と表現するように、頸の腫瘍を切除し、腹部から小腸を移植する再建手術は、大がかりな手術とされます。当人は寝てるだけですが、先生方の体力を考えると、これ以上長時間の手術は困難ではないか、とも。

 手術前の手術台で耳にした最後の言葉は、麻酔科医の「この歯はグラグラ動くから気をつけて……」で、目覚めた最初の記憶は、ICU(集中治療室:Intensive Care Unit)に運ばれテレビ電話で妹と話したものです。手術前後の境界がくっきり残っている印象から、麻酔科医の仕事は狙い通りだったのではないかと(実際は8時間程度で終了したらしい)。

下咽頭がん手術
  進行した下咽頭がんで喉頭(こうとう:のどぼとけ)に近接している場合は、喉頭も含めて切除することがあります(発声機能を失う)。その場合、遊離皮弁(ゆうりひべん)として小腸の一部を採取して移植、呼吸のための気管の穴を首に作ります。
 腫瘍切除により損なわれる機能を、組織や臓器の移植により再建する手術で、移植する組織や臓器を「皮弁」、血管を一度切り離して移動後に血管吻合する方法を「遊離皮弁」という

 事前に説明を受けた「声を失うこと」「胸元に気管孔(穴)ができること」「へそ周辺に移植後の縫合跡が残ること」は、理解のとおりでしたが、その周辺がどんな様子なのか、どこが痛むのか、麻酔なのか、しびれなのか、失われた機能・残された機能は 等々、自分の体ながらよくわかりません。どうも変化を前向きに受け止められないらしく、探ろうともせずに、誘われるまま眠りの中へ……

 右:ゆりかもめ軌道と東京ビッグサイト(病院の廊下より)。

2021年9月24日金曜日

まな板の鯉

2021年5月27日 コロナウイルス抗原検査

 入院1週間前に一般的な検査(HIV検査を含む血液検査、尿検査、身長・体重測定、心肺機能測定+心電図検査、歯科検診(口内衛生)等)は済ませましたが、入院前日にはいまどき必須のコロナウイルス検査を行います。ここで行われた抗原検査(インフルエンザ検査に多く用いられる、ウイルス特有のタンパク質(抗原)を検出する検査)は、結果判明まで5時間程度のため、夕方に陰性の連絡を受け、大きく胸をなでおろします。
 感染が拡大して1年半の間で初めて得られた裏づけは、大きな安心材料になりますが、いずれの検査もその時点までの経過判定ですから、引き続き警戒は怠れません。
 そんな状況下なので、入院患者との面会は原則禁止(面会者は病棟への立ち入り禁止)、患者もベッドを離れたらマスク着用とされます。ですが医療従事者の方々は、通勤に公共交通機関を利用するので、「これで安心」という状況が確保されるわけではありません。


5月28日 有明病院入院

 「声が出なくなった……」と、異変を感じてから1カ月半。当病院への治療依頼から2週間で入院なので、流れに乗れたと言えそうです。これから手術で1カ月弱(仕切り直しでひとまず退院)、化学療法+放射線治療で2カ月程度の入院生活が始まります。普通なら「長い」と感じる期間ですが、すでに洗脳されたかのような諦めの気持ちで、「まな板の鯉」のような心境だった気がします。
 高校時分にも入院したことがありますが(ちくのう症手術)、よほど耳鼻咽喉科に縁があるのか(今回は頭頸科)、センターライン周辺がわたしの弱点なのかもしれないと……


2021年9月8日水曜日

病院間連携の実感

2021年5月13日

 初診時の検査では、病状の把握、治療方針の決定、スケジュール調整 等を速やかに進めるため、スピード重視の「仮押さえ」的な手続きが用いられます。順序を配慮の上、可能な限り短期間での検査を目指す、時間との戦いでもあるため、前日に有明病院で入院治療の依頼をしたのに、この日は東大病院で検査(PET検査)の続きだったりと、いささか不義理な状況が生じたりもします。
 そんな状況下でも準備の継続が可能なのは、セカンドオピニオンと同様に病院間連携のおかげと言えますし、ひとつの目的のために、複数医療機関の横断的な活用が可能で、その体制が維持されていることは、評価に値する医療水準であると。
 その実現のためには、診断に用いられる一連の検査(内視鏡、MRI検査、CT検査 等)に統一の基準が必要となり、どの病院でも診断利用のためには、同じクオリティ(精細さや走査線密度? 等)が求められることになります。東大病院の内視鏡結果や、八重洲の病院のMRI検査結果には、有明病院の診断でも利用可能なクオリティが担保されていることになります。
 医療提供体制に対しては、がんの標準治療(施設間、地域間格差の是正を目指す国の方針)に限らず、全国どこでも同レベルの治療が受けられることが望ましいと、かなりハードルの高い理想を、われわれ患者は当たり前のように求めています(実現できたら、本当にスゴイこと……)。

PET検査
がん細胞は正常な細胞と比べ3~8倍のブドウ糖を取り込む性質があります。その性質を活かし、PET検査ではブドウ糖によく似た構造のFDG(フルオロデオキシグルコース)という薬剤を注射した後、全身を撮影しFDGの集まりを画像化します。全身にがんを疑う臓器がないかを調べます。


5月18日
 翌週東大病院にて、PET検査結果(問題なし)と有明病院での治療について話をします。
 セカンドオピニオンの紹介状に、有明の先生による「有明での治療希望」の記述があったおかげで、何の問題もなくスムーズに東大病院での診察を終えることができました。加えて東大の先生から、「頑張ってください」の励ましをいただき、理想とされる病院間の連携が、有効に機能していることを実感します。
 東大病院の皆様、ありがとうございました。

 右:安田講堂(2009年)。

2021年9月1日水曜日

「自分らしさ」の選択

2021年5月12日

 セカンドオピニオンをお願いした有明病院でも、「もっとも回復が望める治療は手術」と、わかりやすく丁寧な説明で諭され、抵抗の試みは店じまいとします。
 病院や主治医の変更は、セカンドオピニオンの主旨でないと理解した上で、あえて「意思の反映」に利用したいと考えたのは、人生の重大な局面となる病気治療にもかかわらず、認識した時点ですでに追い詰められていたためです。
 ですが、そこで思い浮かんだ条件は、口にするのもはばかられるようなものばかりでした。
 ・日常生活をできるだけ想起しない環境であること。
 ・気持ちがあくせくしない環境であること。
 ・海が見えること、空が広いこと。
 「自分らしさ」の選択が、治療(本質)ではなく心地(環境)であることに異存はないので、わがままながらも許してもらいたいと、有明病院さんに治療をお願いしました。
 本郷(東大病院)、築地(国立がんセンター)より落ち着けそうです。

 有明地区は、東京港修築事業計画(1931年:昭和6年)により埋め立てられ、80年代後半まで工業地とされます。年間来場者数1300万人の東京国際展示場(東京ビッグサイト)建設は1996年。
 無個性で生活臭がしないなど、余計な気を使わない「東京らしさ」の人気に加え、五輪のおかげで施設整備も終わったばかりですから、現在もっとも注目を集める地区と言えそうです。

 右:工事中の東京ゲートブリッジ(2009年)。


 ようやく体調が落ち着いてきたので、更新を再開しまいた。ということは、退院も近いことになりますが、その間のことについては、追々書き加えていきます。

2021年7月31日土曜日

セカンドオピニオン

2021年5月6日

 連休明けの面談(診察)には妹も同席してもらいますが、異なる所見を引き出せそうな質問項目を持たないため、先生の説明内容は変わりません。今後の治療について、こちらから口を挟めるとすれば、別病院でのセカンドオピニオンを紹介してもらう、程度しかありません。現実から目をそらすような態度に見えたとしても、「ワラをも掴む」思いであがいていました。

セカンドオピニオン
よりよい決断をするために、当事者以外の専門的な知識を持った第三者に求める「意見」、または「意見を求める行為」のこと。

 セカンドオピニオンで紹介してもらう施設候補として、築地の国立がん研究センター(1962年)、有明の公益財団法人がん研究会(1908年)を検討します。国の研究機関として、統一的見解を示す立場にあるのは国立がん研究センターですが、ホームページの説明はがん研究会の方がわかりやすい印象があります。われわれとしては、専門知識を持たない者でも理解できる説明を評価するしかありません。
 セカンドオピニオンの紹介依頼に対し、東大病院の先生は嫌な顔を見せることなく、淡々と紹介状の準備をしてくれます。このやり取りについては、実際の経験談の感触として、いたって平穏に話が運んだこと、何の不安・心配もいらなかったことを、お伝えしておきます。

 国の方針である、がんの標準治療化による施設間・地域間格差の是正に向けては、セカンドオピニオンによる問題点の洗い出し(医師の腕に頼らない治療)や、共通化しにくい要望(オーダーメイドケア)の受け皿のような、課題を共有する場が有効な手立てとなるかもしれません。専門医の指針を、患者が判断できるレベルに落とし込むことは、医師の目指すところでしょうし、「患者との納得の共有」は、大きな目標ではないかと。

がんの標準治療
科学的な根拠に基づき、現在利用できる最良の治療であることが証明されている治療のことで、「3大治療」と呼ばれる手術、化学療法(抗がん剤治療)、放射線治療を指します。「最先端の治療」は、臨床試験などを経て、それまでの標準治療よりも優れていることがわかった時点で、専門医らによって「標準治療」と位置づけられることになります。

 恩に背を向けるようで、心情的に遠慮しがちな制度ではありますが、自分のように逃げ場を求める患者にとっては、「ワラになってくれる?」制度かもしれません……

 右:東大病院施設(2013年)。

2021年7月24日土曜日

本人に都合の悪い話

2021年4月27日

 東大病院での検査結果の説明は、家族の同席を求められることもないまま(難しいとの判断らしい)、「本人に都合の悪い話ではありますが……」と、サラッと始まります。
 下咽頭がん:ステージIV(5年全生存率:50%)、中咽頭がん:ステージIII、リンパ節転移、食道がんが見られるため、喉頭(こうとう:のどぼとけ)を含む切除手術、および薬物療法(抗がん剤)+放射線治療が必要(手術1ヵ月、治療2ヵ月の入院)、との説明を受けます。

下咽頭がん
進行した下咽頭がんの場合喉頭に近接しているため、喉頭も含めて切除せざるを得ない場合もあります。その場合発声機能を失ってしまうこととなります。遊離皮弁として小腸の一部を採取して移植、呼吸のための気管の穴を首に作ります。
主な原因には、喫煙・飲酒との関連が挙げられますが、現在、指針として定められている検診はありません。

 都合の悪い話を並べられるとついていけませんし、冷静さを保つことが困難な状況に追い込まれていきます。話の中に潜むネガティブな表現を、「それはまだ先の話」と切り分けることは可能でも、さしあたって大きな障害となる「声を失うこと」を受け止めるだけで、思考回路は「緊急停止事態:フリーズ」に陥ります。「つんく♂ 氏のようになる」と考えたことはなかったが、その不便さは容易に想像できるため、いちいちフリーズしてしまいます。

 以前のがん宣告のイメージは、進行度(ステージ)と生存率(余命)がセットで伝えられると、照明が暗転するショッキングな場面として描かれるものでした。近頃では5年全生存率を含め様々な情報がネット等で公開され、病気に対する社会の経験値が高まった(罹患者が増えた)ため、冷静に受け止められるようです。とはいえ、逆転は不可能でも負担を軽減する方策はないか? 可能性を探ろうとして、「ポカァ〜ン」と空を眺めてばかりいました……

 右:龍岡門(2013年)。


7月23日
この辺でもオリンピック始まるんだって

 有明周辺には複数の競技施設(有明テニスの森、有明アーバンスポーツパーク、有明体操競技場、有明アリーナ 等)や、メインプレスセンター(東京ビッグサイト)があることから、近頃大型バスの通行が増え、外国人が目立つようになってきた(関係者が外を出歩いていいの?)様子から、開催が近いことに気付いた方が発した言葉になります。

 濃厚接触者と判定された競技者が出場する競技会を「安心安全な大会」と言えるのだろうか?
 フェアプレーの定義で重視される「公正性」では、出場選手の健康状態は「公平な感染の可能性ではなく」「公平な健康状態」が要件とされるべきです。
 そのような「安心」「安全」「健康」が担保されなくても開催される競技会の目的とは? 終幕まで考えてみても、答えは見いだせないだろうと……

 国民の気持ちがバラバラの五輪で、いくら最多のメダルを獲得したとしても、何の励みにもならないのではないか? 五輪終了後の感染状況を直視する際に、多くのメダルを手にしていても、勇気が出るとは思えません……

2021年7月17日土曜日

東大病院はかかりつけ医?

2021年4月19日

 歴史と信頼の賜物でしょうか、東大病院を「近所のかかりつけ医」的に利用するお年寄りが多い印象を受けます(ものすごい混雑にも慣れている様子)。病院が目指すべきひとつの姿とも言えますが、日本の最高学府の頂点に属する病院としての威厳を、もう少し感じたい気もします。
 大学病院に欠かせない、研修システムは確立されているようで、最初の問診は経験の浅い方、次の検体採取には中堅どころの若手指導者と、見学するだけの新人がペアで対応します。完全に教材扱いでも、自然と「お役に立てれば」の姿勢になれるのは、大学病院への期待感なのでしょう。診療科のリーダー的な先生が、若い人たちに慕われる様子は、大学病院システムに不可欠な情景と感じますが、その上部にそびえるピラミッドは別世界なのかもしれません……

4月19日 初診、検体採取、MRI検査(別の医療機関で受けたが、すごい音がする)
4月20日 胃の内視鏡検査
4月21日 CT検査

 検査結果が判明するまでの最後の猶予期間も、自己防衛本能で守られているため、久しぶりの東大散策気分で検査に通います。
 現在東大のキャンパスは、コロナ対策のため関係者以外の立ち入りが禁止されています(門でチェックしている)。
右:赤門(2009年)。

2021年7月15日木曜日

無意識の自己防衛本能

2021年4月14日

 朝目覚めると、喉の調子がよくありません。声が出ないため鏡をのぞくと、喉がポッコリ腫れており、これはまずいと近所の耳鼻咽喉科を探します。これが最初の自覚症状でした(痛みはない)。
 内視鏡で喉の撮影を試みるも、シャッターの押し方がわからないようで、結構手間取ります(町医者ってこんな感じなの?)。腫れた患部について、「がんのおそれもあるので、うちでは判断できない」と、東大病院の紹介状を渡され短時間で終了します。
 耳鼻咽喉科の先生は「がんのおそれ」と表現しますが、自分の中ではこの時点ですでに、ネガティブな要素を無意識に排除する自己防衛本能が働き、情報統制・表現の選択が確立されていたのではないかと。
 「病気だったらどうしよう?」と考えなかったことに、当時の自分も「ずいぶんのんびりしている」と感じたが、この分析の方が正しそうに思えます……

 右:4月10日 いなげの浜
 

7月14日
アメリカンドリームの売り方

 MLBオールスターゲームでは、ニューヒーロー大谷翔平選手を前面に押し出し、「二刀流」をアピールするとともに、リーグの人気拡大を狙う姿勢に抜かりがありません(彼らは、win-winにならない企画は考えません)。その晴れ舞台で輝きを放った大谷選手こそ、未来のスター選手候補との盛り上げ方はさすがだし、そこに乗っかった大谷選手も、やはりただ者ではないと……

2021年7月11日日曜日

春待ち気分の頃

introduction

 がんは、予防可能な生活習慣や環境要因が原因の「生活習慣病」とされますが、年齢とともにリスクが高まるため、定期検診等の検査項目は増えていきます。日本人の死亡原因の第1位、2人に1人ががんになるとの統計を受け、「がん検診は受ける必要がある」の認識を持っていました。ですが、「いまはまだ…」「それはいつ?」の答えを持たない段階で、病気を告げられ追い詰められた者が、思い巡らせた事柄をまとめようとするものです。


2021年3月

 扁桃腺が腫れ気味? 右側の喉に小さな腫れを自覚したので(痛みはない)、対処として市販薬を飲んでみます。すぐに引いてきたと安心できる程度なので、特に意識をしていませんでした──振り返れば、まるっきりの勘違い。
 タバコを吸う者にとって、タンの増減は日常的なことなので、少し増えた? 程度で受け流してしまいます。昨春は鼻水が止まらず「花粉症かも?」の印象があったため、そちらの心配をしていましたが、この春は大丈夫そうな様子なので、気持ちも明るかった気がします。
 この時分はまだ病気を意識することなく、今年の桜は早すぎでしょ! と、春待ち気分に浸っていました。
 右:3月27日 旧中川。